北海道は道北と道東の観光スポットやアウトドア、渓流と滝を紹介

阿寒 クマゲラの伝説(仮タイトル)

『昔ある老人が十二月頃山狩りに入ったが、雪が20cm程あるうえに、夜に霙が降って朝に凍ったため歩くたびに凍った雪がガサラガサラと崩れた。獲物に逃げられそうだなと思いながら沢を登っていくと、山の出鼻を過ぎたところで、 クマゲラが大きなエゾマツの枯れ木にとまって、虫もいないのにしきりに木を啄いていた。変なことをするものだと思いながらふと目の前をみると、大きな熊が土の穴から身体を半分乗り出して、クマゲラの方を見上げていたので、毒矢を射かけてその熊を獲った。熊は老人の足音を聞いて穴から出かかったが、クマゲラが近くで木を啄いているので、その音にひかれてキマゲラの方に気をとられていたのだった。クマゲラは老人に熊を獲らせるために、虫もいない木を啄いて熊の注意を自分の方に引きつけておいたのだ』阿寒町・伝承者不詳・更科源蔵・コタン生物記Ⅲより。※クマゲラに関する伝承は多いようです。

弟子屈 蝉の伝説(仮タイトル)

『セミが老人の姿をしてマスの産卵する川端に小さな小屋をつくったが、この老人は他の者が魚をとりに行くと文句をつけて魚をとらせなかった。そこで英雄のポノオタスツウンクル(小歌棄人)が船に乗って川を遡っていくと、やはり老人が頑張っていて「上がってこい」と言った。船をつないで上がっていくと、老人は「どうして人の漁場に魚をとりに来たのだ」といった。どうせ話し合ってもわからないと思ったポノオタスツウンクルは、どんどんと火を焚いて家の中を熱くした。そのためついにたまらなくなった老人はセミの姿に戻り「ヤキー ヤキー」と啼いて飛んで行った。』 釧路地方・弟子屈町・伝承者不詳・更科源蔵・コタン生物記Ⅲより。※オチがよく分からない。でも蝉の鳴き声はヤキーと聞こえるんですね・・・

弟子屈 クイナとカワガラスの伝説(仮タイトル)

『昔、クイナはアイヌの人達が色々の鳥を神にして酒やイナウを上げるのに、自分たちだけには何もしてくれないのを怨んでいた。それで人間の世界を困らせてやろうと、大きな熊を獲って自分の脇に置き、川上を指さしてはその指をなめ、川下を指さしてはその指をなめて、川の魚を全部自分で取り尽くす呪文をとなえた。それをみてカワガラスがクイナにそっと近寄り、傍の熊を川の中に突落として流し、変わりに木の株をクイナの傍においた。川を流れた熊は川下のオタスツコタンの水汲み場について人々を喜ばせた。さて、呪文を終わったクイナが気づくと、いつの間にか熊が木の株になっていたので、喫驚しているとカワガラスが来て、その不心得を責めた。そこでクイナもまた数々の恨み事を述べた。カワガラスもそれを聞いて同情し、夢でそのことをオタスツの人にそれを知らせたので、それからはオタスツコタンでもこの鳥に酒をあげるようになった』弟子屈町・伝承者不詳・更科源蔵・コタン生物記Ⅲより。※仲間はずれにされずによかったね・・・

弟子屈 ミソサザイのチャランケ(仮タイトル)

『昔、熊が人間を襲って仕様がないので、この小さい神様は談判に出かけ「お前は威張っているが私の方が偉いんだぞ」といった。ところが熊が言うことを聞かないので、ミソサザイの神は熊が昼寝をしているときに耳の中に入って、やかましく談判した。それでとうとうさすがの熊もあやまった』弟子屈町・伝承者不詳・更科源蔵・コタン生物記Ⅲより。

弟子屈 ミヤマカケスの伝説

『この鳥は雄弁な神様である。昔人間が不敬なことをして魚を支配する神様の逆鱗に触れ、一匹の魚もコタンの川に姿を見せなくなった。どの神にたのんでも魚持神の怒りが解けず、人々は困り果てていたが、そのときこの神が出かけていって、人間のお産する時の苦しい仕事をやり、得意の雄弁を持って魚持神の心を和らげてくれた。それで再び、地上の川という川には盛り上がる程の魚群が遡河して、人間界の危機が救われた』弟子屈町・伝承者不詳・更科源蔵・コタン生物記Ⅲより。※鳴き真似が上手というのは周知の通りだが、伝説の多い鳥でかつては、カケス送りの行事をするところもあったという。カケスが群れて騒いでいるところには鹿の群れがいると思われているようです。

弟子屈 カワウソとキツネ

『むかしむかし、カワウソと狐が一つの村に暮らしていました。カワウソはとても働き者で、お金もたんまり貯め、立派な毛皮の外套を着て、村で誰よりも裕福に暮らしていました。ところが狐はとても怠け者で、貧乏で、いつもぼろぼろの外套を着、きょときょと歩き回り、どうかするとよそのものを盗んだりしてみんなに嫌われていました。ある日その狐が、カワウソが苦労して手に入れた鮭をくすねて逃げた。「この野郎」、カワウソはかんかんに怒って狐を追いかけた。狐は足が速い。けれど今日は大きな鮭を咥えて深い雪の中を逃げるので、思うようには走れない。まごまごしていると、カワウソが追いかけてきて、長いしっぽを押さえられそうになった。狐はあわてふためいて、近くの木によじ登った。残念・・カワウソは木に登れない。それで木下で張り番をする事にした。狐はいつまでたってもかわうそが木の下で頑張っているので、仕方なくじっと木の上に居続けた。そのうちカワウソは眠くなってきた。慣れない雪の中を、長い間狐を追って走ったので、すっかりくたびれてしまったんだ。うとうとしていると、突然天から大きな石が降ってきて頭にぶつかった夢を見た。カワウソはびっくりして目を開けた。木の上を見たが狐の姿はどこにも見えない。「憎い狐め、腹の立つ、やせっぽ野郎、俺の頭を踏みつけて逃げやがった」カワウソは短い足で狐のあとを追いかけた。狐がスイスイ歩く雪の中を、足の短いカワウソは腹を引きづって、泳ぐようにしなければ歩けない。六つも山を越し、六つも谷を渡って行って行ってやっと狐のうちまで行き着くと、家の中から話し声が聞こえてきた。「お父ちゃん、こりゃとってもでかい鮭だね」「うん、大変だったぞ。カワウソのやつと腕くらべしてね、しまいには父ちゃんの方が勝って、これを仕留めたんだ。待ってろよ、今おいしい筋子の料理をしてやるからね」狐は、筋子を鉢の中に出してつぶしかけた。するとその時、カワウソがぬっと家の中へ入ってきて、いきなり筋子の入った鉢を持ち上げて、狐の体に鉢をがっぽりかぶせた。狐の毛色はこの時から筋子色になり、カワウソは、狐に頭を踏んづけられぺったんこになったんだ』弟子屈町・猪狩ノクマ伝・日本の昔話2・稲田浩二編・アイヌの昔話より※最後のオチがなんと言っても楽しい。キツネに関する話はとても多いようですが半分はよい狐、半分は悪い狐という他に間抜けな狐など色々あるが信仰と結びついた話も多い。

エゾライチョウとエゾフクロウの伝説(仮タイトル)

『英雄の小歌棄人が山に狩りに行ったが、どこまで行っても獣(神)の足跡が見あたらず、二日も三日も食べるものもなく歩き続けた。そして今にも斃れそうになったとき、ふとみると小さな小屋があってボヤボヤと煙が上がっていた。その家に入ってみると老爺と老婆が鍋でシカの油肉を煮ていた。小歌棄人をみたとき老婆がその油肉を盆に乗せて、老爺に「これでいいか」と聞くと「駄目、駄目、駄目」と頭をふった。そこで老婆は油のないところを載せて「これでどうだ」と聞いたが、今度も「だーめ 駄目 駄目」と言った。最後に老婆が肉も脂肪も付かない骨ばかりを盛ると、老爺は始めて満足そうに「よーし よし よーし」といったので、老婆はそれを小歌棄人の前に差し出した。死ぬ程腹をたてた小歌棄人は、「ろくでなし糞爺奴」というと炉鉤にかけてあった鍋をとって、焚火の中に投げ込んだ。すると老爺と老婆がバタバタ、バタバタと大きな音をたてて飛び上がったので、みると二羽のヤマドリであった。そして今までいた家も焚火も鍋も皆消えてしまって、自分は小さな蔦の絡まりあった下に座っているのだった。そこへ獲物を授けるエゾフクロウが鳴きながらとんできて、「このヤマドリは私の使い者だが、根性の悪い奴だからお前さんに迷惑をかけた。こいつには私から罰を与えるから勘弁してくれ。その代わり私の啼いていく方ヘ、山を歩いてごらん」といった。そういわれて気が付くとまわりは暗くなっている。小歌棄人は夢を見ていたのだった。するとエゾフクロウが、夢の中で言った通り山の方へ啼いて行くので、その後をついていくと大きな熊の穴があって、その中から大声を出して猟区を支配する親方の熊が出てきた。矢を射かけると、熊の神はその矢を背負い(矢にあたり)一跳ね、二跳ねして、神のすわる座の上にどっかり座った(矢毒に当たって倒れた)。こうして熊の神は私のコタンにお客様としてやってきてくれたんだよ、昔はそういうことがあったものだ、とある人が語った』鶴居村・伝承者不詳・更科源蔵・コタン生物記Ⅲより。※エゾライチョウは単にヤマドリと呼ばれる事が多い。

ヒバリのチャランケ(仮タイトル)

『地上に行く用事を神に言いつかっておりたヒバリが、地上の余りの美しさに魅せられ、その日のうちに帰るように言われていたことを忘れて遊び過ごし、日が暮れてしまった。ヒバリはその日は草の間に寝て、翌朝天上に帰ろうと飛び立ったが、そのとき神様が大声で叱りつけた。「言うことを聞かず、勝手に地上に泊まりおって、もう天に帰ることはまかりならん」と。ヒバリは「そりゃーあんまりだ神様、あんまり地上が綺麗なので・・・」しきりに言訳をした。それでヒバリは中空より上には上がれないのだという。』道東・伝承者不詳・更科源蔵・コタン生物記Ⅲより。※確かにヒバリは高くは飛ばないようで・・

白糠町 犬のはじまり

『私(病の神の妹)はいつも姉と一緒に暮らし、助け合って各地を転々としていた。しかしある時、姉の行動に不審を持つようになった。ある日姉が着飾り、私に留守番を言いつけて出かけた。不審に感じた私は、そっと身支度してその後を追った。後を追うと、なんと姉の通った村々の人はすべて、病気を移されて死に絶えていたのだ。どんどん行って、とある村に行き着くと、その村にはまだ姉が来ていなくて、家々から煙が立ち上がっている。村の真ん中のオトナ(乙名)の大きな家を訪ねると、神窓にすだれがかかっている。その隙間からのぞいてみると、オトナと妻と娘、それから二人の息子が炉端に座っていて、みんな一心に炎を見つめている。しばらくするとオトナが口を開いたので、私はすっとその心に入っていき「病気の神が来ていますぞ。早く村人に知らせて、病い神の嫌う木、悪い臭いのする木、薬湯の材料などを集めなされ」とオトナに言わせた。それを聞いて、村の人々はオトナの言われた通りにし、病い神の嫌う木、悪臭のする木を集めて家々の屋根に投げ上げたり、窓や戸口に下げたりし、薬湯をすすった。するとそこに、突然姉が現れた。姉はこの様子を見てすっかり怒り、お前など人間のところで良い暮らしをなさるがよい」と言って、私を何かでこすりつけた。気が付くと私はなんと犬になっていた。犬にされた私はもう以前のように気ままにどこにでも行くことができなくなった。私がうろうろして家の戸口に座っていると、人間たちが食べ物の残りをくれた。この世の犬の最初の一匹は私で、やがて増え続けて今のようにどこにでもいるようになった。』白糠町・四宅ヤエ伝・稲田浩二編・アイヌの昔話より。

白糠町 ふくろうが村を見まわった話

『ある日私(ふくろう神・コタンコロカムイ)が川上の村から川に沿って下り、村々を見回して「やあ、野山には鹿たちだ、たくさんいるぞ」、「やあ、川には魚がいっぱいだ、どこも獲物でいっぱいだ」と鳴きながら飛びヌサ(祭壇)を見つけて飛び降り、また鳴き続けて居ると、村の上からも下からも男たちや女たちがやってきて、みんな前をはだけて悪魔払いをする。それで私はもうすっかり嫌気がさして早々にこの村から飛び立って帰って行った。ある年また川沿いに下っていって「やあ、野にも山にも獲物がいっぱいだ」と鳴きながら、サマエクルの村までやってきて、ヌサの中程に身を休め、山に向かって鳴いていると、サマエクルが外に出て近づき、ていねいに両手をあげ、すりあわせて、「このヌサに休まれる偉い神様、ありがたきこと」と私を拝む。それから村の上ヘ行くと、「みなの衆、偉い神様のお出ましだ」と呼びかけ、イナウ(木幣)を捧げて、「コタンコロカムイの偉い神様、どうかよきこと多きよう、われらを守りたまえ」と拝むので、私はただありがたく、喜んで帰って行った。そのうち私は、ある村では人や熊が、川上では黒い鳥が、川上では白い鳥が、魚がちっともいなくなって飢え死にしていると聞いた。そこで早速、沖の神に知らせを送ると、サマエクルの村へ大きな子持ちの鯨が何度もやってきて、村人も鳥もたっぷり食べることができた。私はいつも山にいて、時々人里に出かけて人の村を見てまわり、海辺にも出かけて沖の村も見張っているのだ。』白糠町・四宅八重伝・稲田浩二編・アイヌの昔話より。

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