北海道は道北と道東の観光スポットやアウトドア、渓流と滝を紹介

北海道命名の地 音威子府

武四郎と北海道命名の地

松浦武四郎は全道各地に足跡を残しているが、安政4年(1857)年に天塩川を遡行、石狩川上流への踏査をしているが、その調査内容を天塩日誌に残している。武四郎は調査の帰路にトンベッポ(筬島地区)のアイヌのコタンに立ち寄りアエトモという古老(エカシ)に「カイナー」の意味を尋ねたところ「カイ」は「この国に生まれたもの」「ナー」は敬語という事(言語学者は否定、普通は男性の尊称との事で古老アエトモの物語か?)を知る。明治2年(1869)に明治政府から蝦夷地命名の任を受けた武四郎は古老アエトモから聞いた話を元に「蝦夷自らの国を加伊という」旨の熱田大神宮縁起を重ねて「北加伊道」としたのだろうか? 武四郎は北加伊道、日高見道、海北道、海島道、東北道、千島道の6候補を挙げたが、明治政府は「北加伊道」を採用し東海道、西海道の例に倣って「加伊」を「海」に改め北海道が誕生する。北海道の海には「北のアイノの国」という想いが込められ、古老アエトモと松浦武四郎の出会いが有って産声をあげることが出来た。(北海道は水戸の徳川斉昭が幕府に建言していたと云う)国道40号沿いの筬島橋から稚内方面に約1km走ると電光掲示板と武四郎の看板が見え、看板を右折、500m程先に碑と略年譜がある。◇音威子府村字物満内 ◇位置情報 N44'44'25' N142'11'4'

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